今朝、突然の吐き気

目が覚めるといつもの様にスマホで時間を確認して、すぐお腹の調子が悪い事に気づいた。月のものが近づいてきていると判断して暫く横になっていると水っぽい腹の音と吐き気に襲われた。

ふらふらしながら急ぎ、トイレに駆け込むが、吐き気があるものの、中身は出ない。

同時に腹痛と嫌な予感がして下を見るとやはり生理が来ていた。上からと下から同時に身体の色んなものが外に出たがって、朝に弱い(特に寝起き)私はプチパニックになりながら、のたうち回るような気持ちで時間が過ぎるのを待っていた。が、一向に良くなる気配が無く、吐き気と水っぽい便が音を立てて腹を締め付けてしまって、どんな体勢を取ろうとしても苦しいし、しまいには両手から血の気が引いていく始末で、呼吸も整わずに命の危機を感じてしまった。

一度、母を呼ぶしかないと手段を探した。動くと吐きそうだし、ふらふらで階段から落ちそうで怖くなり、電話を使って母を呼んだ。やっぱり、急にこんな状態になってるとは思わない母は少し小言を言いそうな面持ちで2階に上がって来たが、私の様子を見ると直ぐに母の顔になり、事の重大さを察知し、私に様子を聞いて、顔が真っ青である事を私に伝えた。

とりあえず動ける人が近くにいて欲しかった私はその場で待機して体の異変が治まるのひたすら待って、引かないなら最悪、救急車が頭を過ぎった。

まだ、運ばれる様な大病をする様な歳でもないし、タンカーで運ばれる自分の姿を想像して酷く嫌な気持ちになった。

母は普通じゃないと不安になりながらも病院に電話を掛けてくれたが、救急車という単語が母から聞こえてきた時はもう少し待ってくれと強く思った。

来るのに時間が掛かる救急車と辛いけど直ぐに出れる自家用車とを天秤に掛けて、自家用車で行く流れになった。

病院を予約をしても、悪化しそうで暫く動けなかったが、段々とましになってきて、気持ち悪さは引いた。でも、生理痛なのか、腹痛なのか分からない痛みが残っていて、恐る恐る動いて用意を始める。途中、また吐き気が襲ってきてビニールに戻してしまい、胃液だけが出た。

車で病院に行き、幸か不幸か日曜日で人も居らず、あまり待たずに通して貰えた。その頃には今朝のような辛さはましになっていたが、先生は念入りに調べる様に手配してくれた。

CTは私の年齢には発癌に良くないが、母や先生はやっておこうという雰囲気を出しており、リスクを取りたくなかったが、とりあえず検査をし、献血し、超音波エコーで子宮まで見てもらった。

結局、苦しんだ割には大した異常もなく、便が入口まで来ているので、浣腸で出して終了となった。

お腹の調子は良くなり、身体も背筋を伸ばせるようになったが、引っ掻き回しておいて便秘がオチとは恥ずかしい。

冷静になって追い討ちをかけるように偏頭痛が痛い。

腸の中が何も入ってないという事で、数日まともに食事をしてないという事を先生に指摘され、全くもってその通りと言わんばかりに頷いて俯いた。

常に便を柔らかくするように薬を出してもらい、行きつけのクリニックで処方して貰えるというありがたい情報も受け取って、明日また薬を貰いに行く予定。

久々に外に出た理由が便秘とは、孫の代まで笑い話にされそうだ。

これは完全に私の中で印象に残った話として記録しておこうと思う。